哲学映画・宗教映画 · 1957
第七の封印批評:死と信仰の沈黙を見つめる旅
『第七の封印』は、十字軍から帰還した騎士アントニウス・ブロックが、黒死病に覆われた中世ヨーロッパを旅しながら、死神とチェスを行い、神の沈黙と信仰の意味を問い続ける哲学映画・宗教映画である。イングマール・ベルイマンは、死の恐怖を寓話的な映像に変え、信仰の確信ではなく、答えのない問いを抱えた人間の姿を描いた。
批評を読む年代別映画批評
1950年代に公開された映画の批評・考察記事です。当時の社会背景や映画表現とともに読み解きます。
10 本の記事
哲学映画・宗教映画 · 1957
『第七の封印』は、十字軍から帰還した騎士アントニウス・ブロックが、黒死病に覆われた中世ヨーロッパを旅しながら、死神とチェスを行い、神の沈黙と信仰の意味を問い続ける哲学映画・宗教映画である。イングマール・ベルイマンは、死の恐怖を寓話的な映像に変え、信仰の確信ではなく、答えのない問いを抱えた人間の姿を描いた。
批評を読む青春映画 · 1959
『大人は判ってくれない』は、家庭にも学校にも居場所を見つけられない少年アントワーヌ・ドワネルが、大人社会の規則から少しずつはみ出していく青春映画である。フランソワ・トリュフォーは、少年の非行を道徳的に裁くのではなく、理解されない孤独、教育制度の硬さ、家庭の冷たさ、逃走への衝動として描き、ヌーヴェルヴァーグの重要な出発点を作った。
批評を読む時代劇・人間ドラマ · 1954
『山椒大夫』は、権力に逆らった父の教えを胸に生きる姉弟・安寿と厨子王が、母・玉木と引き離され、過酷な運命に投げ込まれていく時代劇・人間ドラマである。溝口健二は、家族の離散と奴隷制の残酷さを通して、人間の尊厳が制度によって奪われる世界と、それでも消えない慈悲の倫理を描いた。
批評を読む人間ドラマ · 1952
『生きる』は、役所で長年働いてきた市民課長・渡辺勘治が、自分の余命を知ったことで、空虚だった人生と仕事の意味を問い直していく人間ドラマである。黒澤明は、死を前にしたひとりの官僚の変化を通して、官僚制、老い、家族、仕事、そして人が本当に生きるとはどういうことかを描いた。
批評を読む法廷劇・会話劇 · 1957
『十二人の怒れる男』は、殺人事件の評決をめぐって十二人の陪審員が密室で議論する法廷劇・会話劇である。シドニー・ルメットは、ひとりの少年の有罪無罪をめぐる議論を通して、民主主義、偏見、正義、市民の責任を緊張感ある密室劇として描いた。
批評を読むサスペンス・心理ドラマ · 1958
『めまい』は、高所恐怖症を抱えた元刑事スコティが、謎めいた女性マデリンを追ううちに、愛、喪失、執着、再制作の欲望へ沈んでいくサスペンス・心理ドラマである。ヒッチコックは、女性そのものではなく、失われた女性像を作り直そうとする男の視線と支配欲を描いた。
批評を読むサスペンス · 1954
『裏窓』は、足を骨折して部屋から動けない写真家ジェフが、向かいのアパートの住人たちを観察するうちに不穏な事件の気配を感じ取っていくサスペンス映画である。ヒッチコックは、見ることの快楽、覗き見の危うさ、観客の共犯性を、映画を見る行為そのものに重ねて描いた。
批評を読む家族ドラマ · 1953
『東京物語』は、老夫婦の上京を通して、家族の愛情が失われたのではなく、近代化と生活の忙しさの中で少しずつ距離へ変わっていく過程を描いた映画である。小津安二郎は、沈黙、日常、空間の余白によって、戦後日本の家族の変化を静かに映し出した。
批評を読む時代劇・心理ドラマ · 1950
『羅生門』は、ひとつの事件をめぐる複数の証言が互いに食い違うことで、真実そのものの不安定さを描いた映画である。黒澤明は、証言の矛盾を通して、人間が事実ではなく、自分を守るための物語を語る存在であることを暴き出す。
批評を読む時代劇・集団劇 · 1954
『七人の侍』は、野武士に襲われる村が侍を雇って防衛する時代劇であると同時に、共同体が外部の力を呼び込み、階級差と不信を抱えながら生き延びようとする物語である。勝利の物語に見えながら、その核心には、守る者と守られる者の距離、犠牲、そして戦いの後に残る孤独がある。
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