年代別映画批評

1980年代

1980年代に公開された映画の批評・考察記事です。当時の社会背景や映画表現とともに読み解きます。

11 本の記事

コメディ・食文化 · 1985

タンポポ批評:ラーメン作りが映し出す食と欲望の文化

『タンポポ』は、寂れたラーメン店を営む女性タンポポが、流れ者のトラック運転手ゴローたちの助けを借りて理想の一杯を目指すコメディ・食文化映画である。伊丹十三は、ラーメン作りの物語を軸にしながら、食べること、欲望、職人技、共同体、幸福をめぐる多彩なエピソードを重ね、食文化そのものを映画の主役にした。

制作国
日本
監督
伊丹十三
  • 食;欲望;共同体;職人;幸福
批評を読む

アニメ映画・戦争 · 1988

火垂るの墓批評:戦争が子どもの生活を壊していく物語

『火垂るの墓』は、戦争末期の日本を舞台に、清太と節子という兄妹が空襲によって生活の基盤を失い、家族、食べ物、住まい、社会的な支えを少しずつ奪われていくアニメ映画・戦争映画である。高畑勲は、戦争を英雄譚や大きな歴史の物語としてではなく、子どもの生活が崩壊していく過程として描いた。

制作国
日本
監督
高畑勲
  • 戦争;子ども;飢え;家族;社会
批評を読む

アニメ映画・SFファンタジー · 1984

風の谷のナウシカ批評:汚染された世界で共生を探る物語

『風の谷のナウシカ』は、巨大産業文明が崩壊した後の汚染された世界を舞台に、風の谷の王女ナウシカが、腐海、王蟲、戦争、人間の恐怖と向き合うアニメ映画・SFファンタジーである。宮崎駿は、自然を単純な善として描くのではなく、人間が理解できない巨大な生命の循環として描き、汚染された世界で共生を探る物語を作り上げた。

制作国
日本
監督
宮崎駿
  • 自然;腐海;戦争;共生;救済
批評を読む

サイバーパンク・ホラー · 1989

鉄男批評:身体が機械へ変容する恐怖と快楽

『鉄男』は、平凡な男の身体が金属と機械に侵食されていく過程を、激しい映像と音響で描いたサイバーパンク・ホラーである。塚本晋也は、肉体、機械、都市、欲望が融合していく悪夢を通して、身体が変容することへの恐怖と快楽を日本的な地下映画の感覚で描いた。

制作国
日本
監督
塚本晋也
  • 身体;機械;欲望;都市;変容
批評を読む

ミステリー・心理ドラマ · 1986

ブルーベルベット批評:平穏な郊外の下に潜む暴力と欲望

『ブルーベルベット』は、平穏な郊外の町で暮らす青年ジェフリーが、切断された耳を発見したことをきっかけに、歌手ドロシーと暴力的な男フランクをめぐる闇へ踏み込んでいくミステリー・心理ドラマである。デヴィッド・リンチは、明るく清潔なアメリカ郊外の表面の下に、暴力、欲望、覗き見、支配の世界が潜んでいることを描いた。

制作国
アメリカ
監督
デヴィッド・リンチ
  • 郊外;欲望;暴力;覗き;二面性
批評を読む

犯罪・叙事詩 · 1984

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ批評:記憶と喪失の犯罪叙事詩

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は、ニューヨークのユダヤ系移民街に育った少年たちが、友情、犯罪、欲望、裏切りの中で長い人生を歩む犯罪・叙事詩である。セルジオ・レオーネは、ギャングの成功と破滅を直線的に描くのではなく、老いたヌードルスの記憶を通して、失われた時間と取り返せない人生を描いた。

制作国
アメリカ・イタリア
監督
セルジオ・レオーネ
  • 記憶;友情;裏切り;時間;移民
批評を読む

犯罪・ギャング映画 · 1983

スカーフェイス批評:アメリカン・ドリームが暴力的な自己肥大へ変わる映画

『スカーフェイス』は、キューバ移民トニー・モンタナがアメリカで麻薬王へ成り上がり、欲望と暴力によって自滅していく犯罪・ギャング映画である。成功への飢えが、所有、支配、誇示、自己肥大へ変わっていく過程を通して、アメリカン・ドリームの暗い裏面を描く。

制作国
アメリカ
監督
ブライアン・デ・パルマ
  • 欲望;移民;暴力;成功;破滅
批評を読む

ホラー · 1980

シャイニング批評:ホテルが家族の暴力を増幅する空間

『シャイニング』は、冬のあいだ閉鎖される山奥のホテルを舞台に、家族の不安と父の暴力が増幅されていくホラー映画である。キューブリックは、幽霊や狂気を単なる超常現象としてではなく、空間、反復、視線、歴史に刻まれた暴力として描いた。

制作国
アメリカ・イギリス
監督
スタンリー・キューブリック
  • 家族;狂気;空間;反復;暴力
批評を読む

SF・アクション · 1987

ロボコップ批評:企業に所有される身体と警察権力のSF風刺

『ロボコップ』は、殉職した警官の身体が企業によって兵器化され、警察権力と資本の論理に組み込まれていくSFアクションである。暴力的な娯楽映画でありながら、企業に所有される身体、民営化される治安、記憶によって回復する人間性を描いた鋭い風刺でもある。

制作国
アメリカ
監督
ポール・バーホーベン
  • 企業;身体;警察;暴力;記憶
批評を読む

ディストピア・風刺 · 1985

未来世紀ブラジル批評:官僚制に押し潰される個人の夢

『未来世紀ブラジル』は、巨大な官僚制と管理社会に押し潰される個人の夢を描いたディストピア風刺映画である。テリー・ギリアムは、書類、配管、監視、誤認逮捕、夢想を組み合わせ、不条理な制度が人間の自由と想像力を奪っていく過程を描いた。

制作国
イギリス
監督
テリー・ギリアム
  • 官僚制;管理社会;夢;逃避;不条理
批評を読む

アニメ映画・SF · 1988

AKIRA批評:暴走する都市と身体

『AKIRA』は、崩壊と再建を繰り返すネオ東京を舞台に、若者の怒り、国家の管理、超能力、身体の変異が衝突するアニメ映画である。都市の暴走と鉄雄の身体の暴走を重ねることで、戦後日本の抑圧されたエネルギーが管理不能になって噴出する瞬間を描いている。

制作国
日本
監督
大友克洋
  • 都市;身体;暴走;国家;若者
批評を読む