年代別映画批評

1990年代

1990年代に公開された映画の批評・考察記事です。当時の社会背景や映画表現とともに読み解きます。

15 本の記事

アニメ映画・SF · 1997

エヴァンゲリオン劇場版批評:他者と一つになりたい欲望と孤独の痛み

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』は、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の終盤を別の形で描き直し、碇シンジ、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー、葛城ミサトたちの崩壊と選択を、世界の終末と人類補完計画の中で描くアニメ映画・SFである。庵野秀明と鶴巻和哉は、他者と一つになりたい欲望と、他者と向き合う痛みを、ロボットアニメ、宗教的イメージ、心理劇、終末映画の形式で描いた。

制作国
日本
監督
庵野秀明・鶴巻和哉
  • 自我;他者;孤独;終末;承認
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アニメ映画・心理スリラー · 1997

パーフェクトブルー批評:見られる自己と本当の自己が崩れる心理スリラー

『パーフェクトブルー』は、アイドルから女優へ転身しようとする霧越未麻が、ファンの視線、メディアのイメージ、過去の自己像に追い詰められていくアニメ映画・心理スリラーである。今敏は、見られる自己と本当の自己の境界が崩れる過程を通して、アイドル文化、メディア消費、自己分裂の恐怖を描いた。

制作国
日本
監督
今敏
  • アイドル;自己像;視線;メディア;分裂
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犯罪・ブラックコメディ · 1996

ファーゴ批評:小さな欲望が制御不能な犯罪へ転がる物語

『ファーゴ』は、金に困った自動車販売員ジェリーが、妻の偽装誘拐を計画したことから、思いもよらない殺人と混乱が広がっていく犯罪・ブラックコメディである。コーエン兄弟は、雪に覆われた平凡な土地を舞台に、小さな欲望、浅はかな嘘、偶然、そして日常的な倫理の強さを描いた。

制作国
アメリカ
監督
ジョエル・コーエン
  • 平凡;悪;偶然;欲望;倫理
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犯罪・群像劇 · 1994

パルプ・フィクション批評:時間を組み替えた会話と暴力の犯罪映画

『パルプ・フィクション』は、ギャング、殺し屋、ボクサー、ボスの妻、強盗たちの物語を、時間を組み替えた構成で描く犯罪・群像劇である。クエンティン・タランティーノは、犯罪映画の定型を引用しながら、会話、偶然、暴力、ポップカルチャーを組み合わせ、1990年代映画の語り方を大きく変えた。

制作国
アメリカ
監督
クエンティン・タランティーノ
  • 時間;会話;偶然;暴力;ポップカルチャー
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SF・風刺 · 1998

トゥルーマン・ショー批評:人生そのものが番組化された世界からの脱出

『トゥルーマン・ショー』は、平凡な人生を送っていると思っていた男トゥルーマン・バーバンクが、自分の世界そのものが巨大なテレビ番組として作られていたことに近づいていくSF・風刺映画である。人生、家族、恋愛、街、天候までも演出された世界から抜け出す姿を通して、監視社会とメディア消費、そして自由への欲望を描く。

制作国
アメリカ
監督
ピーター・ウィアー
  • 現実;監視;メディア;自由;自己発見
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犯罪・ギャング映画 · 1990

グッドフェローズ批評:ギャング共同体の魅惑と崩壊

『グッドフェローズ』は、ギャングに憧れた少年ヘンリー・ヒルが裏社会の共同体へ入り、金、暴力、仲間意識、消費の快楽に飲み込まれていく犯罪・ギャング映画である。スコセッシは、ギャングの世界を魅惑的に見せながら、その共同体が裏切りと恐怖によって崩壊していく過程を描いた。

制作国
アメリカ
監督
マーティン・スコセッシ
  • 欲望;共同体;裏社会;消費;破滅
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犯罪・アクション · 1995

ヒート批評:刑事と犯罪者を対称的な職業人として描く犯罪映画

『ヒート』は、ロサンゼルスを舞台に、強盗団を率いるニール・マッコーリーと、彼を追う刑事ヴィンセント・ハナの対決を描いた犯罪・アクション映画である。マイケル・マンは、刑事と犯罪者を単純な善悪ではなく、仕事に人生を捧げた対称的な職業人として描き、プロ意識と孤独の代償を浮かび上がらせた。

制作国
アメリカ
監督
マイケル・マン
  • 仕事;孤独;プロ意識;犯罪;対称性
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SF・アクション · 1991

ターミネーター2批評:機械が人間性を学び未来を選び直す物語

『ターミネーター2』は、未来から来た機械が少年を守り、人類が機械戦争の運命を変えようとするSFアクションである。前作の殺人機械を守護者へ反転させることで、AI、暴力、母性、未来を選び直す意志を描いた作品である。

制作国
アメリカ
監督
ジェームズ・キャメロン
  • AI;運命;母性;暴力;未来
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SF・アクション · 1999

マトリックス批評:作られた現実から目覚める物語

『マトリックス』は、仮想世界に閉じ込められた人間が、作られた現実から目覚める物語である。だが本作の核心は、現実を知ることだけではなく、身体を取り戻し、自分の意思で世界を見直すことにある。

制作国
アメリカ
監督
ウォシャウスキー姉妹
  • 現実;身体;仮想世界;支配;覚醒
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心理ドラマ・社会批評 · 1999

ファイト・クラブ批評:消費社会の空虚と自己破壊の共同体

『ファイト・クラブ』は、消費社会の中で空虚になった自己が、暴力と共同体を通じて実在感を取り戻そうとする物語である。しかしその解放は、やがて自己破壊と全体主義的な運動へ変質していく。

制作国
アメリカ
監督
デヴィッド・フィンチャー
  • 消費社会;男性性;自己分裂;暴力;虚無
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アニメ映画・ファンタジー · 1997

もののけ姫批評:自然と文明に正義を分けない対立の物語

『もののけ姫』は、自然を善、文明を悪と単純に分ける映画ではない。森にも人間にも生きる理由があり、暴力にも共同体にも傷がある。本作は、正義同士が衝突する世界で、それでも共に生きる可能性を探る物語である。

制作国
日本
監督
宮崎駿
  • 自然;文明;呪い;共同体;暴力
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アニメ映画・SF · 1995

攻殻機動隊批評:身体と意識の境界

『攻殻機動隊』は、身体が義体化され、意識がネットワークへ接続される未来社会を舞台に、人間の自己とは何かを問うSFアニメ映画である。草薙素子と人形使いの出会いを通して、身体、記憶、意識、情報の境界が崩れた世界における新しい存在の可能性を描いている。

制作国
日本
監督
押井守
  • 身体;意識;ネットワーク;記憶;自己
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刑務所ドラマ · 1994

ショーシャンクの空に批評:制度の中で失われない希望

『ショーシャンクの空に』は、冤罪で刑務所に送られた男アンディ・デュフレーンと、長年服役するレッドの友情を軸に、制度の中で希望を失わずに生きることの意味を描いた刑務所ドラマである。希望は単なる明るい感情ではなく、人間が制度に完全には支配されないための内面的な自由として描かれる。

制作国
アメリカ
監督
フランク・ダラボン
  • 希望;制度;自由;時間;友情
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サスペンス・心理スリラー · 1991

羊たちの沈黙批評:恐怖とまなざしの構造

『羊たちの沈黙』は、連続殺人事件を追うFBI訓練生クラリス・スターリングの物語であると同時に、見ることと見られることの暴力を描いた心理スリラーである。レクターの知的な視線、捜査機関の制度的な視線、犯人の所有する視線の中で、クラリスは沈黙していた記憶と向き合い、自分の声を取り戻していく。

制作国
アメリカ
監督
ジョナサン・デミ
  • 恐怖;まなざし;制度;ジェンダー;異常心理
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